この日は、豊中市の「熊野町」を歩いてみました。
一見すると特に目立つ場所もない住宅地に見えますが、実は思いがけない歴史のロマンが秘められた町でもあります。
今回はそんな熊野町の背景を辿りながら、ぷらっと歩いてみたいと思います。
熊野町ゆかりの偉人たち

熊野町に到着してまず目に入ったのが、柵に囲まれた巨大なクスノキと「深田與平次君功労記念碑」、

そして「石丸梧平顕彰碑」。
熊野町のシンボルの一つとして、堂々と鎮座していました。
深田與平次さんとは?
深田與平次さんは、「熊野田村(現在の熊野町周辺)の第3代村長」を務めた人物です。
当時、交通の難所とされていた急こう配の坂道「車坂」について大阪府に改善工事を働きかけ、交通環境の向上に尽力しました。
「深田與平次君功労記念碑」は、その功績をたたえて明治35年(1902年)5月に熊野田村の有志によって建立されたものです。
石丸梧平さんとは?
石丸梧平さんは、熊野田村ゆかりの大正〜昭和期の小説家・評論家・宗教思想家です。
雑誌「人生創造」を刊行し、人々に人生観や宗教観を説きました。
「石丸梧平顕彰碑」は、そうした思想に共感した愛読者らの手によって建てられたもので、碑には
「人生に結論なし ただ創造の一途あるのみ 意味は発見し得る者に輝く」
という言葉が刻まれています。

言葉のそばに立つ、クスノキの力強いこと。
その光景を前にすると、自分もまた一日一日を大切に積み重ね、確実に「創造」していかなければならないと感じずにはいられませんでした。
そして、こうした散歩を通して豊中市の魅力を少しでも伝えられるよう、これからも続けていかなアカンなと思います。
とよな「人生創造」って、具体的にどんな雑誌や?



石丸先生の人生観を誌面で発表し、読者や識者と思想的な交流を行うことを目的とした、哲学的な雑誌だよ。
地域に根付いた信仰の跡
熊野町を歩いてまず感じたのは、お地蔵さんが多いということでした。
一周してみると、少なくとも4か所でお地蔵さんの姿を見ることができました。


この「寄せ地蔵」は、三叉路の道路の真ん中に、丸い枠で囲う形で複数の石仏がまとめて祀られている珍しいお地蔵さんです。
熊野町一帯の都市化が進む中で、点在していた石仏を一か所に集めて残したのでは、という説もあります。
前掛けが掛けられていたり花が供えられていたりするのを見ると、地域の人たちによって大切に守られているようです。



こんだけ集まってたら、ご利益いっぱいありそうやな!



50年以上も前からこの形で祀られているそうだよ。


「寄せ地蔵」の近くには、「延命地蔵尊」というお地蔵さんが。
こちらも大切に祀られている様子が見て取れます。



お参りしたら、「健康長寿」のご利益にあずかれそうだね。



ウチも100歳までは生きたいわ!


さらに、立派な祭壇で祀られたお地蔵さんもあれば、


立派なほこらを構えたお地蔵さんも。
どのお地蔵さんを見ても、丁寧に手入れが行き届いていることが印象的でした。



それにしても、何でお地蔵さんがこんなに集まっとるんやろか。
とよなの素朴な疑問ですが、調べてみるとその理由がわかってきました。
八坂神社からひも解く熊野町の歴史
熊野町の北東付近には、ひときわ目を引く立派な神社があります。
この「八坂神社」について調べてみると、この町のルーツを垣間見ることができました。


時をさかのぼると平安時代。
八坂神社の由緒では、巡遊の途中にこの地を訪れた「花山法皇(花山天皇)」が、「地形が紀伊(和歌山)の熊野に似ている」として、「熊野権現を勧請したことが始まり」と伝えられています。



熊野権現(くまのごんげん)を勧請(かんじょう)?



和歌山の熊野にいる神さまに、この地にも「来てもらう」みたいな意味合いの言葉だよ。


さらに伝承では、花山法皇は熊野権現の勧請にあたり、この地に寺を建立したとされています。
この寺は、のちの「宝珠寺(八坂神社の奥にあるお寺)」にあたる存在とされ、「熊野代山(くまのだいさん)」という山号が与えられました。
そして、この「熊野代」という呼び名が、やがて熊野田、そして現在の熊野町という町名の由来になったと考えられています。



山号って何や?



「お寺の名前」の前に付けられる称号のことだよ。
宝珠寺で例えるなら、「熊野代山宝珠寺」になるね。



「比叡山延暦寺」みたいな感じか。
こうした歴史を背景に歩んできた町だからこそ、数多くのお地蔵さんが点在するなど、昔からの信仰の文化が今も静かに息づいているんだなと感じました。
熊野町は、豊中屈指のパワースポットだった。
今回の散歩をブログに書きながら振り返ってみると、石丸梧平さんの人生観に心を震わせ、町内のお地蔵さんからパワーをもらい、そして八坂神社で千年以上続く歴史に触れる、思いのほかスケールの大きな散歩になったと感じます。
自分がここで感じた「パワー」とは、特別な何かというより歩き、知り、考えることでみなぎってくるものだったかもしれません。
ただ歩くだけでなく、途中で見つけたものを調べてみることで、その面白さをもう一度味わえる。
そこに散歩という行為が持つ奥深さや可能性があるのだなと改めて思いました。
なんとなく元気が出ないときは、熊野町で「パワースポット巡りの散歩」をしてみるのも良いかもしれませんね。



そういえば「花山天皇」って「光る君へ(2024年の大河ドラマ)」に出てきてたよね。
本郷奏多さんのやつ。



ハチャメチャなキャラやったなぁ。










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